MOBILESUIT GUNDAM SEED
PHASE-XX


Kira desire Lacus




















君のいる榮域















 キミが佇む榮域には、亡骸は存在しない。
 その空っぽの墓石を眺めているキミの長く伸びた淡い髪が、さらさらと、風に揺れていた。
 僕の気配にひどく怯えたように気付いたキミの背が、強張るのを感じたけれど、僕はいつもどおり、彼女の肩に触れた。
「今はどうか……」
 懇願を滲ませた声色が、僕への拒絶を示す。それでも、かまわずに彼女に触れた。
「キラ――!!」
 悲鳴を上げた音色が僕の鼓膜を心地良く打ち、ひたすら渇望を促す。
「お願いです…!」
 長い髪の中に隠れるワンピースのファスナーを探り当て、抗うキミの、白い背中を外に晒す。
「人が、人が来ますわ!!」
「誰が来るって言うの? こんな夕暮れ時の墓地に」
 別に誰が来ても、かまいはしなかった。くすくすと僕は笑った。
 秀でた彼女の魅力は、憐れなほど身体的な能力へは発揮されず、力ない腕が僕にただ差し向けられているだけだった。
「やめて、やめて下さい――!!!」
 身を捩じらす肢体が、地面に横たわるように置かれた墓石へと傾いたと同時に、僕は彼女をその上に組み敷く。
「あんまり暴れると、怪我するよ?」
 力の差を歴然と見せつけ、軽く脅しを掛ける。
 それでも睨み付けてくる青い瞳には、抵抗を止める気配はなく。
「しょうがないね」
 そう不満を洩らした僕は、彼女の細い喉元を片手で鷲掴み、頚動脈に圧迫を掛けると共に軽く窒息させる。
 ばたばたと手足を動かし、蜘蛛の巣に引っ掛かった小鳥の姿となったキミは、首を絞める僕の左腕に意識を集中させ、引き離そうと悶え始める。彼女の両腕の護りが解かれた胴体から、纏わりついている衣服を僕は無造作に剥いだ。
 口元をしきりに魚のようにぱくぱくと動かすキミの意識が、すでに限界であることを感じ、力を入れた左手を緩める。
 僕の腕に絡み付いた白い両手が、重力に従い、静かに墓石の上に転がっていく。かろうじて彼女の意識は残ってはいるものの、酸素が行き届いてない脳は、惰弱な意識しか与えない。案の定、綺麗な唇から譫言が漏れ出し始める。
「お父……さ……ごめ…ん…な……」
 零した言葉に促されるように、長い睫を濡らしたキミの頬から、キミの背後に映る墓石に刻まれた名前が、しとしとと濡れていく。乾いた石の一部が、彼女の涙により色濃くなっていた。
 そして泣いているキミの姿に、呼応するかのように、風が木々を揺らし始める。人工的に作られた空間の中で沸き起こった疾風に、僕は俄かに目を細めた。桜の花弁が、僕の視界に映し出される。
 小高い丘の上に隔離された墓地からは、プラントの街並みが一望でき、この、季節感に狂った空間に、ただ口元が緩んだ。
 どんなに万能な管理下であっても――ヒトの意に反して狂い咲く花があるように、神の意に叛いた“存在”がある。ヒトはそれを、『原罪』として、ヒトがヒトである所以を謳った。
「ラクス……」
 背負った、ヒトの宿命を――浄化するかのように、彼女の名を呼ぶ。
 緩やかに曲線を描いた肢体の上に、僕が目にしていた薄紅の花弁が幾枚も落ちていた。
 無抵抗なまま、その身を委ねるキミの肌に落ちた花弁を道しるべに、僕は唇を這わしていった。
 偽りの夕暮れ、寄せ集められた名前だけを連ねられた石の群れ。
 形ばかりの世界に、キミはいる。
 ――もしかしたら、キミも?
 そう何度も思考がそこへ辿り着く。そして何度も、貪る――確かめるように。
 静かな夜へと変わった空間に、キミの声だけが響いた。















- END -













2007.05.14
















Thank you for reading till the last !!